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家庭医学・総合診療にみる医学留学へのパスポート
家庭医学・総合診療にみる医学留学へのパスポート
−シリーズ日米医学交流No.7−
財団法人 日米医学医療交流財団 編
■定価 1890円(税込) ■ISBN978-4-89984-088-6

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解説1
ジェネラリストを目指す人たちへ
〜家庭医学の立場からみた日本の総合診療〜

神戸大学医学部附属病院総合診療部
神戸大学大学院医学系研究科内科学講座(総合診療内科学)准教授
橋本正良



 臨床実習前の共用試験 (CBT: computer based testingならびにOSCE: objective structured clinical examination)必修化,講義形式の授業からproblem based learningへの転換,新臨床研修制度の導入と,数々の改革が日本の医学教育の中で進んでいます.中でもプライマリ・ケアに重点が置かれた新臨床研修制度の確立は,特筆に値するものと考えられます.
 20年前,日本に専門診療科としての「総合診療」がなかったため,私は米国の家庭医学(family practice residency)を経験してまいりました.家庭医学を学ぶために米国に臨床医学留学する意義,米国で勝ち残る方法,帰国後の活躍の可能性(教育・診療・研究)に関して述べたいと存じます.

●米国家庭医学の特徴〜米国へ臨床医学留学する意義〜

 家庭医学は米国ではすでに長い歴史を持ち,1969年に専門診療科として独立しました.プライマリ・ケアを提供する診療科は家庭医学の他に一般内科,小児科,産婦人科がありますが,家庭医学もこれらの診療科同様,卒前・卒後の医学教育にその専門診療科としての独自性が強調されています.医学生・研修医・また実地医家への継続医学教育も盛んに行われています.

専門医としての目標,ゴールの設定
 米国でのレジデンシーを経験して素晴しいと思ったことは,「家庭医学」専門医として何が求められているかの目標がはっきりしていることです.例えば,日本の研修医が循環器内科をローテーションする際は,心臓カテーテル検査など,「循環器内科」が行っている診療に参加することが求められます.しかしながら米国での研修では「家庭医学」専門医として必要な循環器内科の知識や技術を修得することが求められました.
 具体的には,高血圧・心不全・心房細動の外来診療の方法であり,入院における虚血性心疾患・心不全の初期治療と循環器専門医へのコンサルテーションのタイミングを研修しました.日本でも「総合診療」医として何が求められているかをわきまえたうえでの臓器別専門領域の研修が,今後とも求められます.

重視される外来診療のトレーニング
 研修医の研修は,日本では伝統的に入院患者が主体ですが,クリニックでの外来診療に重点が置かれていることも米国「家庭医学」の特徴です.1年次は週に半日,2年次は週に2日,3年次は週に3日の外来診療を行いました.3年間を通じて外来診療を行うため,生活習慣病の継続診療や,妊婦の懐妊から出産,出産後の母児健診まで,患者1人ひとりに対する継続医療の提供と,本当に幅の広い研修が可能でした.
 このような研修が可能な大きな要因の1つは,他の専門診療科の「家庭医学」への理解があることです.日本での「総合診療」はともするとプライマリ・ケアの無理解または誤解から,他の臓器別診療科の行わない診療,例えば自身での診察もなく臓器別診療科へ振り分けを行ったり,単一臓器別診療科でのカバーが不可能な複合重症疾患を持たされたり,といったインバランスが生じている現実があります.
 プライマリ・ケアでカバーできる疾患であれば臓器別専門家は必要ありませんが,複合疾患や多くの諸問題を有する患者には,おのおのの診療科のみならず,看護,介護や薬剤,その他の医療関係者それぞれが得意とする能力を,必要な際に必要な分だけ発揮する,つまり医療関係者全体がともに手を携えて患者の診療にあたることが理想であると考えています.どの分野の専門家が必要かの見極めは「総合診療」医として必要な能力の1つと考えています.

開かれた教育環境
 米国といった多種多様な人々の住む社会で研修が行えたことで,医療が医学だけで成り立っているのではなく,政治,経済,宗教,歴史,伝統,慣習といった社会生活上の諸々と密着していることを再確認できました.この経験は米国を鏡として日本を見直す絶好の機会となります.戦争のない日本がいかに平和な国家であるかも,米国で生活するとつくづくわかってきました.多人種間での競争もあり,英語を用いた日常生活は魅力的かつ刺激的でありました.
 同じプログラムを卒業した多くの「家庭医学」専門医が後輩レジデントの教育に参加している現実を見ていると,後輩医師の教育は先輩医師の責任であることが必定と体得されます.伝統的に日本の医学生や研修医は大学医学部での教育に偏りがちですが,開業された先輩医師たちに広く学ぶハード面での環境の整備も必要と考えます.

●米国で勝ち残る方法

「あきらめない」ことの重要性
 私自身の経験からも,今回提出された留学記を拝見しても,米国で勝ち残る方法は「あきらめない」ことだと思います.自分がやりたいと思ったことはレジデンシーに参加することであれ,レジデンシーを無事終了することであれ,あきらめない限り実現します.Where there is a will, there is a way.「あきらめない」ことは何も米国留学に限ったことでなく,広く人生に通用するはずです. 
 異国,異文化,異言語社会で生活するには,肉体的にも精神的にもタフであることが求められます.最近の言葉では「鈍感力」が必要です.どんな事柄にもpositive thinkingのできる人であれば,努力さえ惜しまなければ米国でも勝ち抜いていけると信じます.
 英語という言葉の問題は想像以上に重要かつ重大で,帰国子女や特別な生活環境の持ち主でもなければ,最初は日本人留学生であれば誰でも「泣かされる」大問題です.知識階級の使う難しい英語や言い回しには強く,患者たちが使う日常語が解らないといったギャップは誰でもが経験したことでしょう.
 言葉でのハンデから,私の場合は患者からの身体所見や臨床データといった客観性のあるものを重視しました.英語を使っての言い繕いのできない状況であるため,患者にたびたび,かつ丁寧に医療面接をしたり,血液データ,EKG,胸部X線等をメモしたりしながらよく覚えるようにしました.
 相手に自分の英語を理解されやすいようにも努めました.外来ではカルテの記載はなく,カセットに記載内容を音声で吹き込むことが要求されました.最初はこれが苦痛でしたが,パターンさえ覚えれば特に問題はありません.研修終了時には皮肉のようですが,英語の発音が一番クリアでわかりやすいドクターだとタイピストたちから表彰を受けました.

留学時期決定の要素
 留学時期に関しまして色々と意見は分かれると思いますが,最低限卒後2年間の臨床研修を終了してからをお勧めします.日本の制度をある程度理解したうえでの留学のほうが,より米国の制度との比較が可能になるからです.また,臨床現場での経験の有無は,よい意味での自信にも繋がります.2年間の臨床研修以降は,それぞれ個人の将来設計により,留学時期は決定されるべきと考えます.
 それからできれば結婚するか,結婚してから留学すべきと考えます.結婚が難しければ,significant other(s)を連れての留学がよいでしょう.米国は夫婦でのパーテイーや会合がとても多く,独身ではどうしても引っ込み思案になってしまいます.レジデント同志の会合も夫婦や恋人,異性の友人との集まりが主でした.また,私の場合は家内の参加した教会での英会話教室や日本人妻の会に参加することで,色々な大学や企業から留学されていた日本人に会う機会がありました.もし自分ひとりであったら病院関係者(米国人がほとんど)のみの人間関係しか築けなかったかもしれません.
 帰宅後にその日にあった出来事を一緒に語り合える人がいることは,精神の安定に非常に重要です.もちろん伴侶は日本人でも外国人でもかまいません.日本に帰国してからも留学で培った人間関係が日米両国にあることは,私の財産の1つです.

●帰国後,どのようにして教育・診療・研究に携わるか

 留学当時は帰国後防衛庁(現防衛省)内に総合臨床を確立することを考えていましたが,なかなかその機会がなく,陸上自衛隊衛生学校(旧軍医学校)教育部教官や朝霞駐屯地医務室に勤務し,隊員の衛生教育や駐屯地内診療所での外来診療を行っていました.
 「総合診療」の専門診療科としての独立性を認知してほしいとの願いから,現在は若い医学生や研修医にその存在をアピールできる大学病院に勤務しています.

教育
 総合診療の専門性を確立するためにも,大学病院や市中病院の「総合診療部」にて後輩の教育に携わってほしいと願います.複数診療科をローテーションしたことで総合診療となったと勘違いするのでなく,責任あるプライマリ・ケアを提供できる専門家を育成してほしいと切望します.
 臓器別専門医が専門医を養成すると同じく,「総合診療」専門医のみが「総合診療」医を養成することが可能だからです.幸い多くの大学病院や市中病院で「総合診療部」が創られていることは,その必要性の現われではないでしょうか.

診療
 医学教育では診療と教育は切っても切れない関係がありますが,診療に重点を置いた職種では開業,中小病院勤務,大学病院などの大規模病院勤務があります.米国では研修を終えた多くの家庭医は開業しますが,日本に戻って開業を行うのであれば,その場で医学生や研修医が直接研修を行えるような教育的な開業形態をお願いしたく存じます.
 中小の病院勤務では臓器別でない,患者のえり好みをしない総合診療医は引っ張りだこであることは間違いありません.日本の診療科の中では内科になると思いますが,多くの病院で「総合診療」が増えていますので,名実ともに総合診療能力が発揮できることでしょう.
 大学病院では内科または総合診療部での活躍が期待されます.大学では内科診療の重きが大きいはずですが,学外クリニックや関連サテライトとして診療所を持つことで,種々の疾患を経験できるのではないでしょうか.従来の臓器別診療の“縦糸”に総合診療の“横糸”が加わることが,患者への診療を格段に向上させると信じます.

研究
 総合診療医の存在価値を示す大きなテーマであります.臨床の場から出た疑問を解決する1つの方法として,基礎医学者との共同研究(トランスレーショナルリサーチ)も可能です.
 従来臨床疫学の分野が強調されていましたが,医学教育に関する研究,効率のよい医療に関する研究,各種ワクチン接種の有効性など予防医学に関する研究等々,臨床に関係するものはすべて対象になります.
 私自身は米国でのレジデンシーの経験から,女性ホルモンと抗動脈硬化作用の臨床研究を行っています.既存の婦人科や循環器内科に属していたら,なかなか発想し難い研究テーマかもしれません.総合診療を学んだおかげで臨床に基づいた研究テーマに取り組んでいます.
 レジデンシーの最中でも研究は推奨されていますので,研修中にもかかわっておきたいものです.留学中には同僚と鉛中毒の地域,疫学研究と,医療費の日米比較などを行い研究会で発表を行いました.

その他
 ごく限られた人には,行政の職もあります.臨床の現場から離れるため,臨床希望の方にはお勧めしませんが,米国の医療を研修された体験は非常に貴重です.厚労省医系技官となり,医療の枠や制度を行政の立場から見直し,改革できる格好の人材となりえます.


解説2
横断的総合的な診療ができる「専門家」としてのジェネラリスト
〜General Internal Medicineを中心に〜


三重大学大学院医学系研究科地域医療学講座教授
武田裕子

●米国と日本の臨床研修〜家庭医療ならびに内科レジデンシーの位置づけ〜

主要な診療科ローテーションは卒前教育で
 米国の医学教育では,4年制の医学部の3年次にクリニカル・クラークシップ,4年次にサブ・インターンシップを経験し,主要な診療科を中心にローテーションする.診療参加型の実習を行うことで,即戦力となるような臨床の実力をある程度備えて医学部を卒業することになる.
 わが国では2004年から新医師臨床研修制度が始まったが,この初期研修2年間で学ぶかなりの部分を米国では学生時代に修得していることになり,卒業後に各科のレジデンシーに進んで研修を受ける.したがって3年間の家庭医療(family medicine)あるいは内科(internal medicine)レジデンシーは後期研修に近い位置づけとなる.
 レジデンシー修了がそれぞれの専門医資格取得の条件となっており,試験を受けて合格すると家庭医療専門医あるいは内科専門医(board-certified)と名乗ることができる.米国の臨床教育については,chapter 7,8に詳しく述べられているのでご参照いただきたい.

家庭医療と内科レジデンシー―対象とする患者,カバーする疾患など―
本書でも繰り返し述べられているように,米国の家庭医療ならびに内科レジンデンシーでは,横断的総合的に診療できる「ジェネラリスト」としての専門性を有した医師養成のための研修が行われる.
 内科で対象とするのは成人患者で,家庭医療が守備範囲とする小児は基本的に診察しない.また,産婦人科領域では子宮頸がん検診や更年期障害の治療,妊婦における喘息などの内科疾患のマネジメントは行うものの,家庭医療のように出産を扱うことはない.皮膚科や整形外科,眼科・耳鼻科疾患については,プライマリ・ケア診療で遭遇するようなありふれた疾患や健康問題はある程度研修するが,家庭医療のレジデンシーと比較するとその比重は低く,内科全般を深く広く学ぶ.
 研修の場も家庭医療では診療所や地域(コミュニテイー)である場合が多いが,内科レジデンシーでは様々な病棟での研修,あるいは病院という設定での外来研修がより一般的である.しかし内科レジデンシーのなかにも,外来診療教育の比重を高く設定したプライマリ・ケアコースが設けられているプログラムもあり,診療所での継続外来診療や在宅医療,緩和ケア研修を取り入れているところもある.

内科レジデンシー修了後
 内科レジデンシー修了後は,そのまま開業して大人のプライマリ・ケア診療に従事することも可能であるが,循環器や呼吸器といった臓器別専門診療科の「サブスペシャリスト」となるべくフェローシップに進める点が家庭医療研修と異なるところであろう.
 フェローシップには,「ジェネラリスト」としての専門性をより深めるための総合診療科(general internal medicine:総合内科あるいは一般内科とも訳される)や老年病内科のフェローシップもあり,アカデミックな教育病院でclinician-researcher(臨床-研究者)あるいはclinician-educator(臨床‐教育者)となる道もある(総合診療科のフェローシップについては後述,老年病内科フェローシップについてはchapter 10参照).
 10年ほど前より,米国では“hospitalist”と呼ばれる医師が登場し,内科レジデンシー修了者のキャリア・パスの1つとなっている.内科入院患者を病棟で専門に担当する医師で,常に病棟で診療にあたっている医師は,診療の質向上のための活動やリスク・マネンジメント,感染管理,学生・研修医教育などの役割も担っている.
 現在ではhospitalistのためのフェローシップも登場し,内科や小児科レジデンシー,また数は少ないが家庭医療科レジデンシー修了者向けのものが存在している.clinician-researcher養成を主眼としたプログラムが多く,総合診療科のフェローシップと共通する点も多い.

総合診療科(総合内科GIM)のフェローシップ
 アカデミックな教育病院で働く総合内科医は大きく2つに分けられる.7−8割の時間を研究に割き診療と教育の責務が軽いclinician-researcher(臨床-研究医)と,臨床ならびに学生・研修医教育が中心で研究は1割以下のclinician-educator(臨床-教育者)である.
 Clinician-researcherのフェローシップは,予防医学やウイメンズ・ヘルス,医療情報などのコースに分かれており,臨床疫学や統計学,医療政策や医療経済に関する研究手法を重点的に学べるようになっている.公衆衛生の修士号(MPH)を取得できるコースもある.臨床倫理や緩和ケア,ヘルス・プロモーション,医師-患者関係などの研究テーマで,調査手法に関する研究や費用対効果に関する研究も盛んに行われている.Clinician-educatorコースでは,教育理論やカリキュラム開発,教育における研究技法を学び,教育学修士を取得するプログラムもある.

わが国の家庭医・総合診療医養成後期研修プログラム
 わが国でも,これまで様々な教育病院で「ジェネラリスト」の育成が行われてきたが,新医師臨床研修制度が始まり初期研修が必修化されたのをきっかけに,日本家庭医療学会や日本総合診療医学会はジェネラリストの専門性を有した医師の育成を目指して後期研修プログラムを策定している.
 家庭医療学会では,初期研修修了者に3年間の研修を行う“家庭医療後期研修プログラム”を2006年からスタートさせ,2007年6月にはプログラムの本認定を行った1).総合診療医学会では2007年9月現在,3〜5年の研修期間を想定して,まず“病院総合医”の研修プログラムを作成中である2).位置づけとしては,前者は米国の家庭医療の研修プログラム(3年間),後者は米国の内科レジンデンシー(3年間)に総合内科のフェローシップ(2年間)の内容を一部加えたものに近い.
 なお,現在のところ,研修プログラムと専門医制度は別々に議論が進められており,ジェネラリストに関する共通の理解をふまえて日本家庭医療学会と日本総合診療医学会,日本プライマリ・ケア学会,日本医師会の四者で,認定専門医制度に関する話し合いが行われているところである.

●ジェネラリストとしての専門性

 それでは,ジェネラリストとしての専門性とは何を指すのであろうか.

米国
 米国内科学会会長のDr. Kirkはその講演の中で,内科医(internist)は“慢性疾患をもち複雑な病態・問題を有する成人患者の診療をもっとも得意とし,そのための専門知識を有している”と述べ,その役割としては,
 ・プライマリ・ケアの提供
 ・疾患をあらゆる角度から考え診療する
 ・エビデンスに基づいた疾病の予防や早期発見の専門家である
 ・医療システムのなかで患者に道標を示し,患者の側に立って発言する
 ・診断学のエキスパート(diagnostician)
 ・他科からの相談に乗るコンサルタント
 ・費用効率の高い医療を提供するための管理者
 ・医療情報の専門家
 ・医療チームにおけるリーダー役
 ・研究者であり教育者
を挙げている3).

カナダ
 一方,カナダでは,内科医(internist)は病院に勤務する医師であり,“成人患者に外科以外の医療を提供する高度な研修を受けたスペシャリストで,臓器別専門診療科のサブスペシャリストとプライマリ・ケア医の間を埋める”としている4).そしてその役割として,
・患者診療におけるコンサルタント:プライマリ・ケア医や内科サブスペシャリスト,ならびに内科以外の専門科からの相談を受ける
・幅広い領域の疾患に対応できる臨床経験を持ち,臓器や疾患ではなく患者を診る医療を提供する
・どのような場で診療するかによって,臨機応変に求められる役割を果たすことができる

 具体的には,急性疾患の患者診療,集中治療,複雑で深刻な病態を有する患者に対する継続ケア(プライマリ・ケア医とともにフォローする),診断のつかない患者へのアプローチ,複数の疾患を有する患者のマネジメント,術前コンサルテーション,内科疾患を合併した妊婦へのケアなどを行っている.

日本
 日本家庭医療学会の後期研修プログラム(Version 1.0)では,家庭医を特徴づける能力として,次の3つを掲げている1).
 ・患者中心・家族志向の医療を提供する能力
 ・包括的で継続的,かつ効率的な医療を提供する能力
 ・地域・コミュニティをケアする能力

 また,家庭医が持つ医学的な知識と技術として表1の項目をあげている.
 一方,日本総合診療医学会では,現在作成中の「病院総合医コースの後期研修プログラム(案)」のなかでは,総合診療医の役割を,次のように述べている2).
・特定の臓器に限定することなく,最新の臨床知見を活用し,ニーズに基づいた患者中心の医療を実践する
・安全で質の高い医療のための,院内チーム・マネジメントに貢献する
・基本的臨床能力に関して学生・研修医の教育を実践する

 また,病院総合診療医の中核的能力(core competency)として以下の項目をあげ,研修によりこれらの能力を修得することを目標にしている.
 (1) 内科を中心とした幅広い標準的診療能力
 (2) 患者の最善利益を考え,問題に対処できる能力
 (3) 対人関係スキルおよびコミュニケーション能力
 (4) 組織としての医療機関に貢献できる院内チーム.マネジメント能力
 (5) 診療の場において教育を提供する能力
 (6) 実践を振り返りながら学習を継続できる能力

 北米,日本とも表現は多少異なる部分があるものの,共通したジェネラリスト像が描かれており,その役割や専門性がイメージできたのではないだろうか.

●ジェネラリストの活躍の場

 ジェネラリストの専門性を修得して帰国した場合,どのようなキャリアの選択肢があるであろうか.医師不足が深刻化しているわが国では,ジェネラリストの需要はこれまでにも増して大きくなっているといえる.
 本書にも多様な診療の場で活躍している臨床留学経験者の体験がつづられているが,診療の場の違いによって総合診療医の果たす役割も異なる5).
(1)大学病院・研修教育病院の総合診療部(科)あるいは家庭医療科
 総合外来や一般病棟で総合診療を実践し,学生・研修医教育にあたりつつ研究活動を行う.若手であれば医員として診療と教育に従事したり,ジュニア・ファカルティ(教員)として診療・教育を行いながら指導を受けて研究活動を行う.
(2)大病院の総合診療部(科)
  病棟診療と総合外来が中心となり,専門医と連携して病院機能を高める役割を果たす.救急外来に携わることが多い.医療管理面でリーダーシップを期待されることも少なくない.
(3)中小病院の総合診療科・一般内科
 臓器別専門診療科が揃っていない病院では,内科全般の診療を行える総合診療医の活躍の場は広い.
(4)地域の診療所
 内科医として外来診療を行いつつ,プライマリ・ケアや家庭医の役割を求められる.地域の保健・福祉活動に参加し,地域医療への貢献が求められる.

 臨床留学でレジデンシーのみ終了して帰国した場合には,さらにサブスペシャリストを目指して教育病院で研修を続けサブスペシャリストになることもあれば,一定のサブスペシャリティを獲得した後に総合内科に戻る例もある.臨床疫学や公衆衛生の研究活動を行う研究機関や,行政も進路の選択肢となるであろう.

●留学することの意義は

 わが国でも研修制度が整備され,家庭医・総合診療の領域でも充実した研修プログラムが用意されていて,必ずしも海外で学ばなくともジェネラリストの道を目指すことができるようになった.最終的には個人の選択となるが,本書を読んでおわかりの通り,臨床留学は医師としてばかりでなく人間としても成長するような幅広い経験を与えてくれる.語学力や経済的問題,家族の事情などを考慮して留学が可能な状況にあり,試練に遭ってもやり遂げたいという強い意志があるのであればチャレンジすることを勧める.
 私個人にとっては臨床の実力がついたほかに,尊敬する先生や同僚に出会い,後輩に伝えたいと思うような温かい指導を受けられたこと,米国の合理的な医学教育システムを実際に体験できたことは大きな財産となった.また,英語が身に付いたため,帰国後も英語文献や教科書からの情報収集がそれほどたいへんではなくなった.さらに文化的な違いが理解でき,米国人とのコミュニケーションが円滑になったように思う.
 米国総合診療医学会(Society of General Internal Medicine)の学術集会などで昔の友人・知人と再会し,情報や意見交換するのも楽しくためになる.この学会では非常に多くの教育プログラムが用意されているが,総合診療領域の研究ではまだまだ日本の先を行っていて学ぶことが多い.
 また,ワークショップやインタレスト・グループなど参加型のセッションでは,“女性に求められるリーダーシップ・スキル”や,“若手研究者のための助成金獲得法”,“論文の効果的な査読法”,“医師人生を振り返る”といったユニークなテーマが取り上げられていて,北米の総合診療医学から学ぶことは尽きないと感じている.


【参考文献】
1)Kirk LM. General Internal Medicine in the United States. Japan Chapter American College of Physicians, Chapter Meeting Osaka, 2007
2)Snell L. General Internal Medicine in Canada: A unique medical specialty? Japan Chapter American College of Physicians, Chapter Meeting Osaka, 2007
3)特定非営利活動法人 日本家庭医療学会認定後期研修プログラム(バージョン1.0)http://jafm.org/html/pg01_0_060316.pdf 
4)病院総合医後期研修プログラム(案3)日本総合診療医学会 後期研修プログラム・ワーキンググループ 2007 
5)山城清二.総合診療のcore valueと活躍の場.総合診療医学 10(1): 5-8, 2005


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