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新譯伊蘇普物語(しんやくいっぷものがたり)
世界名作名訳シリーズNo.3, No.4
『新譯伊蘇普物語(しんやくいそっぷものがたり)』(上篇・下篇)
上田萬年 編訳・解説
■定価 各2625円(税込) ■ISBN4-89984-065-9/ISBN4-89984-066-7

本書はおとなのために編まれたイソップ物語集である。
「犬が羊に食物の貸(かし)があると云うので、裁判所え訴えて出ました。すると其(その)時の裁判官が鳶(とび)と狼とで、何の弁論も証拠調(しらべ)もせずに、忽(たちま)ち犬の方え勝(かち)を言(いゝ)渡しますと、犬わ直(たヾち)に飛(とび)かゝつて憫(あわれ)な羊を噛(かみ)殺し、不正な裁判官と共に、獲物を配(わ)けました。」(第六十八「犬と羊」)
やさしい口調で語られているが、子どもに聞かせられる話ではない。古代ギリシャ以来二千五百年にわたって弱肉強食の苛酷な〈イソップ的状況〉があらゆる社会の深部に巣くい、間欠泉のように噴き出してはけっして枯れることはなかった。それがイソップ寓話の世界中で読み継がれてきた理由であろう。だからいまの日本で、今日的である。
通常、イソップ物語には各話の末尾に教訓めいた一、二行が書かれている。本書では訳者がこれを「訓言(くんげん)」なる警句(アフォリズム)として独立させたことにより、本文のもつ現実認識のリアリズムがより直截に読者に伝わる仕掛けになっている。また本書では各話ごとに訳者による「解説」が加えられている。それは一つのトーンを奏でていて「世の中、油断はならないぞ」と繰り返し読者を諭すかのようである。
上田萬年(かずとし)(一八六七〜一九三七)は、著名な国語学者であった。国語・国字の改良を唱導した萬年は、本書において仮名の完全な表音表記を試みた。当時の歴史的仮名遣いを排したほか、助詞の「は」「へ」を「わ」「え」と書くなど現代の表記法より進んでいる。
(1)「犬、肉舗(うしや)より肉一塊盗(ぬすみ)出(いだ)し、引(ひき)くはへたるまゝ溝をわたるとて橋の中ほどに至りたる時、其(その)影の水へ写れるを見て……」(渡部温(たづぬ)訳一八七三年)、(2)「一疋(ぴき)の犬、一きれの肉をくはへて、己(おの)が家にかへらんとせり。みちにて、一つのはしをわたらんとせしに……」(小学二年生用教科書一八八七年)、(3)「犬が肉を啣(くわ)えて、小橋を渡りますと、鏡のように奇麗な水え自分の影が映つたので、必然(きつと)他(ほか)の犬だと思い……」(上田萬年訳一九〇七年)。((1)(2)は小堀桂一郎『イソップ寓話――その伝承と変容』講談社学術文庫からの引用)
このように比較すると萬年の言葉づかいの新しさがよくわかる。むずかしい漢字や当て字が使われているものの、声に出して読んでみると百年前の文章とは思えないほど滑らかで現代ふうである。
上田萬年は二十代、島崎藤村の『若菜集』が出たころに新体詩の運動に加わっている。本書の出版の年に二歳だった次女がのちに作家円地文子となる。戯曲や小説の執筆のほか源氏物語や近松作品の現代訳も残した女流作家が育ったのは、明治の自由な知識人家庭であった。父親は本書のような穏やかな言葉で子どもに話しかけたのであろう。
この本は、明治四十年に東京・大阪の鐘美堂から刊行された『新譯伊蘇普物語』上下篇初版を底本とし、新しく版を起こして再現した新組出版である。原本の巻末には、イソップ寓話との類似がみられる古代インドのサンスクリット説話集「パンチャタントラ」が附録として収録されている。このやや長い九話の訳文は萬年が若いときのものらしく生き生きとした躍動感をたたえて読み応えがあり、イソップ物語集を――寓話のカタログとしてではなく――“読み物”として最良のものにしようとした上田萬年の意図が、ここでみごとに完結している。
(村瀬巷宇)

新譯伊蘇普物語(しんやくいっぷものがたり)
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